大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第一小法廷 昭和54年(オ)1244号 判決 1982年1月21日

上告人

水野丈夫

上告人

鈴木慎次郎

右両名訴訟代理人

橋本和夫

被上告人

廣瀬聖雄

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人らの負担とする。

理由

上告人橋本和夫の上告理由について

判旨土地の売買契約において、売買の対象である土地の面積が表示された場合でも、その表示が代金額決定の基礎としてされたにとどまり売買契約の目的を達成するうえで特段の意味を有するものでないときは、売主は、当該土地が表示どおりの面積を有したとすれば買主が得たであろう利益について、その損害を賠償すべき責めを負わないものと解するのが相当である。しかるところ、原審の適法に確定したところによれば、本件の各土地の売買において売主である被上告人の代理人が目的土地の面積を表示し、かつ、この面積を基礎として代金額を定めたというのであるが、さらに進んで右の面積の表示が前記の特段の意味を有するものであつたことについては、上告人らはなんら主張、立証していない。そうすると、不足する面積の土地について売買が履行されたとすれば上告人らが得たであろう利益として、右土地の値上がりによる利益についての損害賠償を求める上告人らの請求を理由がないものとした原審の判断は、結局正当として肯認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(本山亨 団藤重光 藤崎萬里 中村治朗 谷口正孝)

上告代理人橋本和夫の上告理由

原判決は、判決に影響を及ぼすこと明らかなる法令の解釈適用を誤まつた違背がある。

一 即ち原判決は、理由一において、当事者間に争そいのない事実ならびに一の一ないし四の事実を認定した上、本件各土地の売買契約は、数量を指示して行なわれたものとみるのが相当であり、同二において、本件各土地につき数量不足があることが判明したと認定した。

二 そして同四において、原審は、上告人らの損害賠償額を算定するにつき、民法五六五条による売主の担保責任は、売主の債務不履行による賠償責任を規定したものでなく、売主には何ら履行すべき債務が存在せず、したがつて債務不履行という事態が発生する余地が存在しない場合において、法が買主の信頼を保護するために直接に売主に課した責任である。すなわち同条による売主の担保責任は、債務不履行による賠償責任が、売主が債務を本旨に従つて履行したならば買主が得たであろう利益を賠償すべき責任であるのに対して、買主が瑕疵を知らなかつたために被つた損害を賠償すべき責任であると解するのが相当であるとする。

そして、土地部分の値上りによつて得べきであつた利益を喪失したことによる損害が含まれるものと解するのは、右担保責任の趣旨に照らして相当でなく、控訴人らの被つた損害としては、その各売買契約締結の際に数量不足であつた各土地部分の対価として被控訴人に支払つた各金員を進払したものとして、その支払部分に相当する額の損害を被つたにとどまるものと解するのが相当であると解している。

三 従来売主の担保責任のうち、損害賠償の範囲については、履行利益の賠償とする説と、信頼利益に限るとする学説があつた。

たしかに民法五六五条の特定物に関する数量不足の売主の担保責任は、売主の過失がなくとも認められる法定の担保責任であるといわれる。従つて原審の解釈にも一理はある。ところが、民法は売主の数量不足の場合に、善意の買主に対し、契約の解除権を与えている(民法五六三条二項)。

本件のような場合、控訴人らが契約を解除したとすれば、被控訴人は従来の売買金額を控訴人らに返還すれば足るのに対し、被控訴人らは現在の価額による土地を返還することとなり、土地価額の高騰していること公知の事実である現在、その不公平は明白である。

民法の規定のしかたは、まず善意の買主に契約解除権を与え、契約の解除は、善意の買主の損害賠償の請求を為すことを妨げず(民法五六三条二項、三項)としているのであつて、善意の買主を保護するため選択的権利を付与し、正義公平を図つているものと解せられる。

しからば、売主の賠償の範囲は、履行利益の賠償と解するのが相当であり、かく解すれば原判決に影響を及ぼすこと明らかな法令の違背があつたものといわざるを得ない。

四 仮りに売主の担保責任の損害賠償の範囲を、原判決のように信頼利益の範囲に限るとしても、売主の過失がない場合に限るのが、正義公平の理念に合致し、売主に悪意若くは、契約締結上の過失がある場合には、正義公平の理念からいつて、売主に履行利益の損害賠償責任を負わせるのが相当と解すべきである。

原審は、理由四の(二)において、控訴人らの右主張を容れず、民法五六五条の担保責任は売主の過失無過失を問わず、買主の信頼を保護するための制度であると解しているが、法令の解釈を誤まつたもので、判決に影響を及ぼすこと明らかな法令違背がある。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例